2011年9月29日木曜日

ワースト記録とともに生きる日々……


『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』の取材を通じて、
ユニオンズOBたちに何人にも話を聞いた。
元選手たちは、みな70代後半から80代を迎えていた。

「最弱球団」と揶揄されていたチームではあったものの、
チーム解散からすでに60年弱が経っていたため、
「ホントに弱かったんですよ」と、みな笑顔で振り返ってくれた。

しかし、ただ一人だけ「例外」があった。

1954(昭和29)年6月12日――。

この日、ユニオンズの三番手としてマウンドに上がったのが、
新人で、プロ入り二試合目の出場となった田村満だった。

マウンドに上がった田村はまったくストライクが入らず、
1イニングで7つものフォアボールを与えてしまう。

「1イニング7与四球」というのは、
現在まで破られていないワースト記録となった。

この日のことを聞こうと、編集者が田村に連絡を取ると、
取材に対して乗り気ではないようだったという。

それでも、交渉を続けていると、
「私には私の言い分があるんです」と、
取材を受けてくれることになった。

そして、彼の住む富士市に出向いて話を聞いた。

取材は3時間に及んだ。初めは訥々と語る田村だったが、
ワースト記録の場面になると、次第に口調が重くなった。
それでも、田村は誠実に記憶の糸を手繰り寄せてくれた。

あの日、田村はどんな心情で、
川崎球場のマウンドに立ち続けていたのか?

詳しくは本書で振り返っていただくとして、
取材終了後、田村の口にした言葉が忘れられない。


「……まさか、あのときのことをこんなにしゃべれるとは
 自分でも思ってもいませんでした。自分でも驚いています。
 私の話を真剣に聞いてくれたのはあなたが初めてだし、
 本当のことを話せて長い間の胸のつかえが取れました。
 本当にどうもありがとう……」
 

大柄な田村が窮屈そうにお辞儀をする姿が強く印象に残った。



……本書刊行後、田村からメールが来た。
そこには、次のように書かれていた。


「これが私の青春期のすべてですね。
 ありがとうございました」

2011年9月26日月曜日

著者・長谷川さんの公式ブログ

こんにちは。担当編集の林です。
発売からもうすぐ1週間、少しずつ感想などもいただき、どうもありがとうございます!


さて、今日はお知らせですが、
著者の長谷川晶一さんの公式ブログにて、下記のユニオンズに関する記事を
カテゴリーにまとめられていました。
この『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌ができる以前の記事もありますので
読んでみてください!

真っ直ぐ、前を――  『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』関連


すでにお伝えしているとおり、10月30日には「東京野球ブックフェア」内で
長谷川さんとユニオンズOB・佐々木信也さんによるトークイベントもあります。
ぜひお早めにお申し込みください。どうぞよろしくお願いします。
佐々木信也×長谷川晶一トークセッション『高橋ユニオンズは終わらない』

2011年9月24日土曜日

古い手帳から教えられたこと……


本書の取材中、幸運な出会いが何度もあった。
現在94歳になられている小田野柏氏との出会いもその一つだ。

取材当時は92歳だったけれど、小田野氏は記憶も確かで、
話もきちんとしていて、本書の取材に大きく貢献してくれた。

さらにとっても役に立ったのが、メモ魔でもある小田野氏は、
当時の資料類をとても丁寧に保管されていたことだった。

このブログの9月16日付で書いた、当時の経営台帳と同様に、
小田野氏が保管していてくれた当時の手帳は本当に役立った。

そこに書かれていたのは、その日に起こった出来事はもちろん、
乗車した電車の便名と発着時間、購入したものの価格、
さらに、小田野さんの雑感も生き生きと描写されていた。

後日、図書館に出向いて当時の時刻表を確認すると、
まさに小田野氏の手帳に書かれている時間に
東京を出発し、目的地に到着しているのが確認できた。

本当に些細なことだけれど、その瞬間、何とも言えぬ、
ゾクゾクとするライター冥利を味わうことができた。

本書の第一章部分には、何カ所か小田野氏の手帳の引用がある。
さらに、小田野氏が保管していた当時の野球雑誌の引用がある。

こうした「事実」ひとつひとつの積み重ねで成り立っている文学が、
「ノンフィクション」というジャンルだ。

小田野氏のおかげで、僕の中のおぼろげなユニオンズ像が、
少しずつ肉づけされていく感触を得ることができた。

当時の新聞や雑誌は、しかるべき図書館に行けば、
閲覧することは何とかできる。

けれども、個人所有の「古い手帳」や「古いノート」は、
その人がきちんと保管してくれていることが第一で、
次に、それを見せてくれない限り、見ることはできない。

だからこそ、小田野氏のような几帳面な方には、
いくら感謝しても、感謝してもし足りないのだ。

2011年9月21日水曜日

刊行記念トークイベント

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』刊行記念
佐々木信也×長谷川晶一トークセッション
~高橋ユニオンズは終わらない~

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』の刊行を記念して、最も有名な高橋ユニオンズOBである佐々木信也さんと、著者の長谷川晶一さんのトークイベントを開催いたします。2年間以上、高橋ユニオンズのOBたちに取材を重ねた長谷川さん。そのOBのなかで、最初に会って話を聞いたのが佐々木信也さんでした。高橋ユニオンズ時代の思い出話、今でも毎年行われているOB会の話、取材をめぐる色々など――、単行本に書ききれなかった、また書けなかった(!?)話も飛び出すことでしょう。

高橋ユニオンズについて語る人がいる限り、高橋ユニオンズは終わりません。

☆イベントは、月島・相生の里で行われる「東京野球ブックフェア」の一環として開催されます。

【日時】10月30日(日)13時半~
【場所】1F あいおい文庫
【参加費】 1000円
詳細は 東京野球ブックフェアイベントページにて
▼要予約 info@yakyubookfair.com
タイトルを「最弱球団トーク予約」として
・お名前
・お電話番号
・メールアドレス
・人数
を明記のうえ、ご予約ください。
折り返し、確認のメールをお送りしてご予約の完了となります。
※携帯メールの方は yakyubookfair.com からのメールを受け取れるように設定してください。

たくさんのご参加、お待ちしています。

2011年9月20日火曜日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』PV完成しました!



明日21日、拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』発売です。
ということで、先日完成したネットCM用のPVを公開します!

企画を思いついてから、取材開始、雑誌連載、
そして書籍化決定後の追加取材&大幅加筆。
出版社や編集者の人たちから多くの激励を受けたこと。
そのすべての行程にさまざまな思い出がいっぱいあります。

取材を通じて知り合った70代後半~80代の元選手たち。
みな「それぞれのその後」を生きつつ、
約60年前の青春の日々を熱く語ってくれました。

執筆中に亡くなってしまった方もいます。
妻に先立たれ、施設に入った方もいます。

完全に歴史に埋もれてしまった高橋ユニオンズというチームを、
何とかきちんと掘り起こすことができないか、
目の前のご老人達の青春を描くことができないか。

そんな思いで書き上げた一冊です。
ホントに地味なテーマかもしれません。
……いや、地味なテーマです(笑)。

それでも、ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
クチコミを見る

2011年9月18日日曜日

ネット書店からだと一足早く到着!?

みなさまこんにちは。編集の林です。

さて、9月21日の発売日に近づいてまいりました。
ここで一度、ネット書店の販売についてまとめておきます。
すでにAmazonでは「9月19日のお届け」がアナウンスされているなど、店頭よりも早めにお手にとっていただけそうですよ。 bk1でも発送まで「24時間以内」となっていました。
どこの書店でも満足な冊数入荷されるかわからないので、発売日に読みたい!という方はぜひ予約してみてください。書店さんに直接ご予約いただいてもいいと思います!

<ネット書店一覧>
Amazon 『 最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
bk1 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』
楽天ブックス 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』
ツタヤオンライン 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』
セブンアンドワイ 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』

よろしくお願いいたします!

2011年9月16日金曜日

当時の経営台帳が見つかった!



高橋ユニオンズの取材を続けて一年近くが過ぎた頃、
「探せば、当時の経営台帳があるはずだ」という話を聞いた。

それまで、何人ものOBたちから話を聞いていたものの、
何しろ60年近くも昔のことなので、各人の記憶が曖昧で、
それぞれの話が食い違っていることも多々あった。

(何か、書面のような資料などないものなのか……)

そんな思いを抱いていた頃に「経営台帳」の存在を知った。
さらにその方に話を聞いてみると、

「台帳のほかに、選手契約書なども大量に残っているはず」

僕はぜひとも、その資料を閲覧したいと思った。

話を聞けば、その資料類はオーナー・高橋龍太郎の孫が、
今でも大切に保管しているはずだということだったので、
さっそく連絡をして、お宅にお邪魔する機会を得た。

目の前に広がる資料類を見て、僕は言葉を失った。
昭和29年~31年にかけての記録がほぼ完全に残っていた。

選手契約書から、当時の合宿所に出入りしていた八百屋の領収書、
スタルヒンの合同葬儀にかかった費用の請求書、
さらに川崎球場売店のレシート、チケット販売覚書き……。

弱小球団だったから、観客動員は驚くほど少なかった。
オーナー・龍太郎のポケットマネーで運営されていたチームだったから、
驚くほどチケット収入が少なかった。

そんなことがこれらの領収書から生き生きと浮かび上がってきた。

これらの資料を手にした瞬間から、取材に、執筆に、
猛烈な勢いが生まれたように思う。
この時が、本書にとってのターニングポイントだったのかもしれない。

発売を直前に控えた今となっては、
しみじみとそう思う。










2011年9月14日水曜日

高橋ユニオンズTシャツ完成!



9月21日の『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』発売に向けて、
何と、高橋ユニオンズTシャツが作られることになった!

1954(昭和29)年からわずか三年間しか存在しなかった
高橋ユニオンズが57年の時を経て、ついにグッズ化!

取材を通じて知り合ったOBたちに、
Tシャツのことを話すと、みんな「本当に?」と、
驚きとともに、大喜びしてくれた。
今年のOB会は、ぜひみんなでこのTシャツを着たい。
その際は、このブログでも写真をアップします!


また、現在発売中の『野球小僧』10月号に、
読者プレゼントの詳細が掲載されているので、ぜひチェックを!



2011年9月12日月曜日

『野球小僧』10月号に、高橋ユニオンズエッセイを書きました!


10日に発売された『野球小僧』10月号に、
本書『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』に関する原稿を書きました。

いわば、「取材後記」のようなエッセイで、
タイトルは、

「最弱だけど、最高!」

これは、本書の取材を通じて、僕が強く感じた思いです。

高橋ユニオンズとは調べれば調べるほど弱いです。
でも、確かに「最弱」ではあるけれど、決して「最低」ではなく、
むしろ、個性的な面々が必死に努力を続けた「最高」のチームでした。

そんな思いを込めて、『野球小僧』誌に原稿を書きました。
ご覧いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!




2011年9月4日日曜日

56年前の今日、スタルヒン300勝達成!


9月4日――。

今から56年前の今日、京都・西京極球場で、
スタルヒンは当時としては初となる300勝を達成する。
このとき、彼はプロ19年目の39歳を迎えていた。

前人未到の300勝――。

これこそ、戦前から活躍を続けてきた彼にとっての悲願だった。
ロシア革命の際に日本に亡命して以来、父が犯した殺人事件や
戦局の激化による日露間の関係悪化など、
運命の波に翻弄され続けてきたスタルヒンにとって、
野球こそが、自身の生きる道だった。

しかし、加齢と肥満からくる衰えは隠しようもなかった。
「まるで相撲取りのようだ」と揶揄されていたスタルヒン。
浜崎真二監督やチームメイトたちが、

「スタさんに300勝を!」

と気遣ってくれているのはよくわかっていた。
だからこそ、スタルヒンには期する思いがあった。


この日のスタルヒンは打線の援護もあって絶好調だった。
左足を高々と上げ、センター方向に大きく身体をねじって
力いっぱいのボールを投げ続けている。

もちろん、全盛時の球威がないことは本人も自覚していた。
それでも懸命にダイナミックなフォームでのピッチングを続けていた。

この頃のスタルヒンは、カーブ、スライダーに加え、
「アベックボール」という独自の変化球を投げわけていた。

その後ろで、スタルヒンの投球を見つめていたショートの前川忠男は、
アベックボールが見事に決まっている様子を見て安心していた。

――アベックボール。


ユニオンズOBたちにインタビューをしていると、
何度かこのボールの名前が出てきた。

……それがどんなボールなのか?
どうしてそんな名前がついたのか?

詳しくは本書に譲るとして、
この日、ついにスタルヒンは300勝を達成した。

三塁側ベンチから、真っ先に浜崎監督が飛び出してくると、
そのままの勢いでスタルヒンに抱きついた。

身長160センチ足らずの浜崎は、まるで子どものように無邪気に
スタルヒンの首筋にキスをする。

この年開幕以来、ずっと最下位にあったユニオンズにあって、
唯一の明るい希望、それがスタルヒンの300勝達成だった。

誰もが明るい笑顔でスタルヒンの尻を叩いたり、
肩を揉む仕草をしたりしながら、偉大な殊勲者の偉業をたたえていた。


この大記録達成から2年後、スタルヒンは不慮の死を遂げる。
前人未到の300勝という偉業を形見にスターは逝った。

300勝達成、それは今から56年も前の初秋のできごとだった。








2011年9月3日土曜日

9月2日、ついに責了です!




9月21日発売予定の『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』、
昨日(2日)、無事に責了して、作者の手を離れました。

思えば2008年頃から漠然と、この企画の構想を考え始め、
三年の月日を経て、ようやく一冊にまとまろうとしています。

ユニオンズに関しては資料や文献の類がほとんどなく、
チームについての記録らしい記録はほぼ皆無です。

ということで、取材当初はかなり難航しました。
けれども、その一方では「事前取材」が十分ではない分、
取材現場で初めて知ることや発見も数多くありました。

そうしたさまざまな「関係者の証言」と、
今回新たに見つかった「当時の資料」を、
何度も何度も整理した上でようやく一冊の本となろうとしています。

本書の巻末には、ユニオンズ全成績と全選手の一覧が掲載されています。
これは本書の編集を担当してくれたH女史の労作です。

このデータだけでも、野球史的な価値があると思います。
ぜひ、こちらにも注目してほしいと思います。

発売までおよそ三週間。まずは見本の完成が待ち遠しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!